20世紀のアメリカへ―『スター・トレックIV 故郷への長い道』

スポックを演じたレナード・ニモイの監督作品。前作『スター・トレックIII ミスター・スポックを探せ!』に続いての監督作品だが、語り口はぐっと軽妙になり、それどころか、だいぶユーモラスな雰囲気を獲得している。それが「スター・トレック」という作品のイメージに合っているかどうかは分からないのだが…


スター・トレックIV 故郷への長い道』の舞台の中心は23世紀の宇宙ではなく、20世紀の地球である。23世紀、謎の宇宙船の影響で大気がイオン化し人類は滅亡の危機に瀕していた。謎の宇宙船からの音声を解読したカークらは、目標がすでに絶滅したザトウクジラだと知り、タイムトラベルによって20世紀に向かうのだった。

え? タイムトラベルありか。『バック・トゥ・ザ・フューチャー』の公開が1985年。そして、この作品が1986年。流行といえば流行なんだろう。スター・トレックに期待されているのは、決してスペースオペラではなく、センス・オブ・ワンダーなんだろうから、こういう展開もアリだと思う。だが、宇宙船よりもクジラの模型の方にお金がかかっているのではないかというくらいのキッチュな特撮や、そのまんま80年代のアメリカ西海岸のロケは、どちらかというと「ハズシ」の感覚で受け止めるべきものだ。それにこの手はもう二度と使えないのではないかと思う。

未来人が過去にさかのぼることで生まれる可笑しさは、この作品のユーモラスな演出とも相まって、ストーリーをだいぶとっつきやすいものにしている。これは好みが分かれると思うけれども、『これがスター・トレック』の映画の興行収入でずっとトップだったというのだから、観客が何を求めているのかは推して知るべし。結局のところ、肩の凝らないエンタテインメント路線が当たったのである。

しかし、レナード・ニモイは社会派の観点も忘れない。捕鯨批判に原子力批判。特に、クジラが知的生命体であり、人間がこれを滅ぼそうとしていることについては、スポックの口を借りて辛辣な批判がなされる。ときあたかも「日米経済摩擦」の最中であり、米国人に媚びるのであれば劇中に日本の捕鯨船を写して悪役にすることもあり得たと思うが、安易にエモーショナルな路線に行かなかったニモイを評価したい(まあそれでも反捕鯨自体がこの物語の中心になっているという事実には変わりがないが)。

エンタテインメント路線にふさわしく、金髪で美人の学者が登場。この作品のヒロインである。クジラを研究し、保護を願う彼女にとって、どのような結末が待っているか。『バック・トゥ・ザ・フューチャーPART3』にクララ・クレイトンという聡明で好奇心旺盛でしっかり者の女性が登場するのはこの作品の後であるが、あの作品をだぶらせながら鑑賞していた。

総じてタイムトラベルの原理はいい加減だし、タイムパラドックスの扱いはかなり雑で、間違いなく「過去に干渉して歴史を改変している」といっていいレベル。だが、そのいい加減さこそが、この作品の特徴になっている。音楽もますますコミカルになり、個人的には違和感を禁じ得ないシークエンスもあったが、まあ、これがヒットしたというのだから、やはりアメリカという国が求めているものは、きわめてシンプルなものなんだろうと推し量るしかない。

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