巻き込まれ系ビルボ―『ホビット 思いがけない冒険』

ホビット 思いがけない冒険』を観た。作品的には『ロード・オブ・ザ・リング』3部作の前日譚3部作の最初という位置付けなので、『スターウォーズ』で言えばEpisode1に相当するところ。時系列を遡った世界観をきちんと説明しつつ導入し、観客の知っている後の物語に接続する伏線をもきちんと張ることが期待されている。

さて、それではPJことピーター・ジャクソン監督は、こうした期待に応えてくれたのか。結論から言えば、彼は今回も僕らの観たいものをきちんと観せてくれた。そして、ビルボ役のマーティン・フリーマン。『シャーロック』のワトソン役で魅せてくれた「巻き込まれ系」の演技が素晴らしかった。
(以下ネタバレあり)

冒頭部分はナレーション中心の説明なので最初は物語には没入しにくい。が、その直後に、フロドが登場し、ビルボ伯父さんの誕生日を祝うエピソードが始まる。そう、『指輪物語』の原作の冒頭で『ホビット』と接続する重要な場面だ。これがきちんと描かれたことで、この物語が、若き日のビルボの物語であることが鮮やかに示される。

ガンダルフが先導する形でドワーフ達が集結し、ホビットのビルボも「忍びの者」としてその仲間に加わることが期待される。ドワーフの王であるトーリンの存在感が只者ではない。祖国を失った王ということで、『ロード・オブ・ザ・リング』のアラゴルン的なポジション。しかし、ドワーフ達の酒の飲みっぷりや土着的な歌いっぷりはまるでアイルランド人。そういうことなのか。

さて、巻き込まれたビルボを一行に加え、邪竜スマウグに奪われたドワーフ族の祖国と財宝を奪還するため、はなれ山エレボールへの冒険に出発。トロールやオークによる襲撃を受けながらも、ドワーフの武力やガンダルフの魔法、そしてビルボの機転で危機を脱出。

途中でエルフ族の住まう「裂け谷」に立ち寄る。この場面、原作にはエルロンドは出てきたけど、ガラドリエルは出てこなかったような。『ロード・オブ・ザ・リング』ファンへのサービスなんだろう。ケイト・ブランシェットの神秘的な雰囲気が素敵だったから、まあいいか。

エルフとドワーフの相性が悪かったり、プライドの高いガンダルフが旅の一行と仲違いしたりと、おなじみのトールキン的世界を経て、一行からはぐれたビルボは、重要な伏線となるゴラムの棲む洞窟へ。出口を教えることを賭けたなぞなぞ対決、そして、あの「いとしいしと」の指輪。ゴラムの映像は前作よりも更に生き生きとして見え、あまりの迫力に思わず目を背けたくなるくらいだった。

そして、ビルボは再び一行に合流する。指輪で身体を隠していたところから一気に出現。原作では「忍びの者、ここにあり!」とかなんとか言って出現していたような気がするが、映画ではもう少し地味に現れる。ガンダルフだけは、唐突に現れたその事情に何かしら感ずいた様子であったけれども。原作のビルボの方がもうちょっと「無垢でちょっとお調子者」であったような気がするが、映画のビルボは「巻き込まれ系だがどこまでも誠実」。だが、それこそがホビットという感じでとてもいい。

いよいよ、この映画のクライマックスであるトーリン対アゾグの戦いへ。これは手に汗を握る展開。危機一髪のトーリン。ビルボが勇気を発揮する。そして、ガンダルフが秘策を繰り出す。勝敗やいかに…。

映像は前シリーズに輪をかけて美しくなり、3D化されたことで臨場感も高まった。あえて贅沢を言うならば「クリアに見えすぎる」ことや、物語が3部作に引き伸ばされることで「より具体的に説明されるシーン」が増えたことで、神々しさが減じられたような気がする。が、これは好みの問題であろう。デジタル化された技術を最大限に生かしたPJの答がこれなのだから、僕たちはそれをありがたく頂こうではないか。