退廃的な夜―「トゥールーズ=ロートレック展」(三菱一号館美術館)

何がアートで何がコマーシャルかを分けることはときには極めて難しい。ロートレックリトグラフを前にすると僕はいつもこのポイントで立ちすくんでしまう。

公式サイト:「トゥールーズ=ロートレック」展|三菱一号館美術館所蔵コレクション<Ⅱ>

19世紀末のパリの退廃的な雰囲気を伝えるという点では、ロートレックの作品は、芸術的な観点で評価するよりも、むしろ社会風俗的な資料として評価する方が妥当なのかもしれない。もちろん後者が前者と比べて劣っているものであるというつもりはない。建前に囚われることなく、時代の本当の空気を後世に伝えるのは、必ずしも芸術作品ではないのだ。

19世紀のキャバレーも知らず、ムーラン・ルージュに足も踏み入れたことのないような僕でも、ロートレックの作品を眺めれば、当時の猥雑で活気に満ちた雰囲気を伺い知ることができる。彼が手がけたポスターというものの役割が本来的にコマーシャルなもので、それゆえに人目を引くという役割を担わされており、ときに扇情的であることが望まれることを思えば、これは自然なことだろう。

彼の作品は酒場や娼婦等の「夜の世界」を描いていて、デカダンな雰囲気に満ちている。これには好き嫌いが分かれるところだろう。不健全だと感じる人も少なくないに違いない。

だが、「タテマエ」の世界では隠されがちである「ホンネ」の世界を、自身の興味や愛情を隠すことなく活写しているのは、表現者として尊敬せざるを得ない。いつの世でも、欲望のあるところにはエネルギーが集まる。ロートレックの絵にはそんなエネルギーが宿っている。彼自身もエネルギーを注ぎ込んだに違いない。

飲酒で体調を壊したあげく梅毒を患って30代で亡くなったこの画家の生き様とともに、退廃的だがどこか開放的な19世紀末のパリの夜を感じる。そんな展覧会。