それでも地球は廻っている―『わたしを離さないで』(映画)

花束をかきむしる 世界は僕のものなのに!
(『午前3時のオプ』フリッパーズ・ギター

世界が僕のものでないことに気付いたのはいつだろう。挫折を経験したとき? 世界の中心ではなく周辺にいることを知ったとき? それとも、他人に利用されていることに気付いたとき? 

眩いスポットライトもあたらない。華麗な逆転劇もない。多くの人の人生なんてそんなものだろう。それでも世界は廻っている。だが、そこで生きている人の一人ひとりの生に意味があり、どれもかけがえのないものだ。

カズオ・イシグロの『わたしを離さないで』は、ともするとその世界設定から奇抜で特殊なもののように語られがちだけれども、僕はそうは思わない。あれは、僕らの人生そのものだ。必ずしもなりたい自分になれるとは限らず、「楽園」に脱出することも許されない。というか「楽園」などない。だが、ここで過ごす日々には、友情も恋も別れもある。心も揺れ動く。それが「いまここ」を生きる意味だ。僕にとっても、君にとっても。

マーク・ロマネク監督は、この名作を忠実に映画にした。いや、あの設定をよく映像化した、というべきだろう。原作の淡々とした繊細な文体と同じく、映像・脚本・演出のどこにもこけおどしがまるでない。だからこそ、心に染み込んでくる。同じカズオ・イシグロ原作の『日の名残り』の映画に通じる雰囲気だ。全てを語りつくさないことで、かえって心に残る。この奥ゆかしい表現は、日本人の僕には心地よい。

主役の3人は、キャリー・マリガンキーラ・ナイトレイアンドリュー・ガーフィールドという豪華な顔ぶれ。だが、前に出過ぎない自然な演技で作品世界を忠実に再現している。特に、キャリー・マリガンの演技には、静かに心を揺さぶられた。3月26日により日本でも公開予定。地味な映画なので劇場数は少ないが、これはどう考えても今年のお勧め。

蛇足。原作に関するエントリーはいまここにわたしがいる〜『わたしを離さないで』 - Sharpのアンシャープ日記を参照。ただし全面的なネタバレありなので閲覧注意。