中心がないゆえの傑作〜『初恋限定。』

大ヒットした『いちご100%』に続いて河下水希が世に出したのは『初恋限定。』(ハツコイリミテッド)だった。しかし、この物語は『いちご100%』とは全く違った構造を持ち、それゆえに少年ジャンプ誌上では幅広い支持を得られずに早々に打ち切りになってしまう。

初恋限定。 4 (ジャンプコミックス)

初恋限定。 4 (ジャンプコミックス)

この物語には中心がない。スタート告知のポスター(添付画像)が象徴している通りだ。これは主人公のいない群像劇であり、ストーリーもオムニバス形式。人間関係は交錯し、相関図における「ベクトル」はあちこちを向いている。自分が想っている相手が想っているのは別の人。誰もかれも。前作で主人公にベクトルが集中する「ハーレム」を描くことに飽きた河下水希は、『ハチクロ』的な「片思いの連鎖」の世界で登場人物を動かしたかったのだろうと想像する。「初回が巻頭カラー46ページ」というところからも力の入り方が半端ではないことが分かる。


この試みは恋愛マンガの設定としては大成功を収めたと言ってもいい。「一途な思いにもかかわらず叶わない恋」というほど読んでいて胸がしめつけられるものはない。この作品でもさまざまなカップリング(ただし結ばれているわけではない)が登場するが、心を打つシーンがいくつもあった。単行本の3巻、4巻などは感動の涙なしには読めないくらい。この作品では誰も中心を占めてはいないが、誰もが自分の青春を精一杯生きている。僕らが生きている現実の世界というのも実際にはそうではないか。

しかし、この物語は少年ジャンプの方程式には合致していない。例の「努力、友情、勝利」というアレだ。もちろん、この作品にも「努力」は出てくる。ストレートな形ではないにせよ。そして、「友情」も見られないわけではない。ただ、説明的でないので判りにくいだけだ。だが、「勝利」という要素は決定的に欠如している。それは初恋というものが勝利とか成功にはつながらず、本質的に挫折を伴うものだからなんだろう。

ということで、少年ジャンプの「作風」に合わないこの作品は最初のハードルを越えることなく淘汰された。前作より「サービスカット」が減ったことも影響したかもしれない。同時期に掲載されたラブコメの『To LOVEる』があからさまな「お色気」ものに徹したことで、人気を奪われた要因もあったかもしれない。いずれにせよ、編集部の判断によって『初恋限定。』は作者の想定よりも相当早く打ち切られた。傑作の資質十分であることが明らかであったにもかかわらず。

この作品が文句なしのポテンシャルを持っていることは、打ち切りマンガとしては異例とも言えるメディアミックス展開が、連載打ち切り後になされたことによって証明されている。ドラマCD、TVアニメ、小説。早すぎた幕切れゆえにかえってその後の広がりの余地を大きく残したのかもしれない。

「たられば」論になるが、もしこの作品が最初から少女マンガとして連載されれば、文句なしに高い評価を得ていたはずだ。少女マンガの読者はこのような「多数の人物の内面に入り込む」という作品構造にも慣れているだろうから。そして、連載ももっと長く続き、物語もさらに広く深く展開されただろうと思う。いや、少女マンガでなくてもいい。せめて、サンデーかマガジンで掲載されていれば、ここまで短命には終わらなかったのではないか。

終わったことを悔やんでも仕方ない。ただ、『初恋限定。』こそ河下水希の現時点での最高傑作だということは声を大にして言いたい。

あ、ストーリーでは千倉名央の物語がこの作品の最良のエピソードだと思います。キャラ的には渡瀬めぐるが好きですが。