非ユークリッド的世界〜『泰平ヨンの航星日記』

またしてもハヤカワがやってくれた。レムの『泰平ヨンの航星日記』の改訳版の刊行。ああ、これだからなんだかんだ言ってもハヤカワが好きだ。

これはレム初期の作品とされるが、実際にはどんどん書き足されているし、序文も何度も追加されている。それも、後期レムのメタ文学を想起させるような序文。実際には『泰平ヨン』は、レムのライフワークであったと言えるかもしれない。

このシリーズは「宇宙ホラ話だ」とやや軽めの作品として評されることもあるが、今回読んで感じたのは、ここには間違いなく「理性の不完全性」「人間中心主義の傲慢」「歴史における必然の不在」などのレムらしい主題が勢揃いしている。あたかもSFが合理性のみで構成されるものではなく、不合理なものからも構成しうるということを示すかのように。言い換えると、レムは常識的に見え「ユークリッド幾何学」に対して、別の公理から出発して体系として無矛盾な「非ユークリッド幾何学」を提示しているかのようだ。

特に、新訳は簡素で中立的な日本語を多用していて、すっと頭に入ってくる。レムの主張もわかりやすい。そして、時代の陳腐化からも遠くにいる。寓話的であるがゆえに、文章の表面をなぞる以上の読み方が求めらるかもしれない。それでも、ここでレムが切り開いた地平は圧倒的。