リアルな管理社会〜『流れよわが涙、と警官は言った』

管理社会の恐怖を描いた古典は『1984年』とされる。だが、あの作品はどちらかというと「独裁政権下の全体主義社会」を描いたものだ。もし、現在の「自由を標榜した世界における管理」について描いた作品を求めるなら、フィリップ・K・ディックが残したこの『流れよわが涙、と警官は言った』こそが代表作ということになると思う。相応のリアリティと、適度なイマジネーションが、絶妙のバランスを保っている。

流れよわが涙、と警官は言った (ハヤカワ文庫SF)

流れよわが涙、と警官は言った (ハヤカワ文庫SF)

まず、内容を「BOOK」データベースから紹介。

三千万人のファンから愛されるマルチタレント、ジェイスン・タヴァナーは、安ホテルの不潔なベッドで目覚めた。昨夜番組のあと、思わぬ事故で意識不明となり、ここに収容されたらしい。体は回復したものの、恐るべき事実が判明した。身分証明書が消えていたばかりか、国家の膨大なデータバンクから、彼に関する全記録が消え失せていたのだ。友人や恋人も、彼をまったく覚えていない。“存在しない男”となったタヴァナーは、警察から追われながらも、悪夢の突破口を必死に探し求めるが…。現実の裏側に潜む不条理を描くディック最大の問題作。キャンベル記念賞受賞。

カフカの長編のような不条理な社会の中に放り込まれた個人。そして、サイバーパンクにも通じるような「脳内=世界」という図式。何よりも、こうした設定を活かす人間臭い主人公。最後に、驚きの種明かし。その発想はなかったわ。

強烈に映像が見えてくるという点で、これは文句なしにSFの傑作だ。でも、願わくは映画化はしてほしくない。きっとがっかりするから*1

*1:と書いたが、どうやら映画化されているようだ