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中日日本一に思う〜チームの勝利と個人記録

「完全」目前、前代未聞の継投策…落合采配に賛否

プロ野球日本シリーズで53年ぶりの日本一に輝いた中日の落合監督が、八回まで一人の走者も出していなかった山井大介投手(29)を、シリーズ史上、初の完全試合まであと1イニングとした最終回に交代させる前代未聞の継投策をとった。九回は岩瀬仁紀投手(32)が三者凡退で退け、采配は成功したが、大舞台での偉業を見逃した格好のファンからはため息も漏れた。

チームの勝利と個人記録。監督の立場なら前者を優先するのが当然だ。それをわざわざ「落合采配」や「オレ流」と呼んでみたり、「非情」だの「つまらない」だのと批判するのはおかしい。

いまさらだが、野球はチームで行うスポーツであって、個人競技ではない。ときにチームの利益と個人の利益が相反することもある。投手の継投だけではない。「4番打者にバントをさせてランナーを進める」というのもその一例だろう。

監督は勝つために全責任を負っている。結果が全て。負けたときには誰も助けてくれない。自分がクビになるだけだ。その重い責任を一身に背負っている監督が、何の責任もないファンやマスコミに、いちいち采配の説明を行う必要はない。「自分が監督だったら完投させた」だの「いや交代させた」だの、そんな話は、居酒屋での酒の肴として勝手に垂れ流させておけばよい。単なる酔っ払いの戯言だ。

むしろ、そんな「外野の声」に対して、落合監督が「山井の指にまめができていた」などと弁明をしなくてはならない状況の方が極めて異常なのだ。選手のけがに関する情報は、対戦相手を利するだけであり、一切明かす必要はない性質のものなのだから。

今回の一連の出来事を通じて、僕は個人記録を持つ選手の偉大さを改めて認識した。根本的に「チーム競技」である野球において、個人記録を達成するプレーヤーというのは、本当に素晴らしい。そう考える機会になった。