何かを思い出す

何かを忘れようとしても何かを思い出す。眠ろうと思って目を瞑っても、まぶたの裏に映る。浅い眠りに落ちても、夢の中に現れる。

目を覚ます。僕はそれが現実でないことを知る。それが幻でしかないことに気付く。結局、全ては夢なのだろうか。夢でしかないのだろうか。そして、「夢」とは、かなわないものの隠喩なのだろうか。

「うつし世は夢、夜の夢こそまこと」と乱歩は書いたが、それは願望であって、おそらく真実ではない。

僕は思い出す。乱歩の住んでいた家を探しに行った日のことを。その情景を。その夕暮れを。その歩みを。その空気を。その雑踏を。その会話を。その暗がりを。その温もりを。その喜びを。その悲しみを。その切なさを。その別れを。

そうしたものの全てが、僕の頭の中を駆け巡る。全ては昨日のことのようでもあり、遥か昔のことのようでもある。

何かを書きたいのに、何も書けやしない。何かを書こうとすると、何かを思い出す。何かを思い出してしまうから、何も書けなくなるのだろうか。いや、違う。そうじゃない。本当は、何かを思い出すからこそ、何かを書きたくなるのだ。

こうした胸をかきむしりたくなるような思いを、誰に伝えよう。この叫びたくなるような気持ちを、どうやって表現しよう。

僕には何ができるだろう。僕には何が残せるだろう。僕には―