『犬の記憶』

犬の記憶 (河出文庫)

犬の記憶 (河出文庫)

京都への行き帰りの新幹線の中で、森山大道の『犬の記憶』を読んだ。いや、森山はフォトグラファーなので写真については「見た」という方が正確なのだが、この作品は、森山のエッセイというか、むしろ自叙伝だと思う。だから、やはり「読んだ」という表現が相応しい。

森山大道の撮る写真は、モノクロで、力強く、そしてどこか懐かしさを感じさせる。そして、記憶の底にたまった澱を掴み出されるようなインパクトがある。凄い写真家だとは思って尊敬してはいたが、好きか嫌いかでいえばあまり好きではなかった、この作品を読むまでは。

大して期待せずに最初のページを開いて読み始めて驚いた。すごく根源的(ラディカル)に物事を考えている。古今東西の芸術家や思想家の本をよく読んでいて、ときにそれを引用しながら、森山自身の考えをそこから敷衍している。しかも地に足が着いているところから始まっているのに、読んで行くうちにどんどん読者を高みに連れて行き、気がついたらとんでもない俯瞰図を提供している。

そして決定的な写真。文章で説明をし尽くしたあとで、文末に2、3枚の写真が掲載されている。この写真、文章を読む前に眺めると普通のスナップ写真に見えるのだが、彼の文章を読んだ後で観賞すると「心象風景」が浮かび上がってくる。

写真+文章の組み合わせでは、短編小説とか詩のようなものが多いと思うのだが、『犬の記憶』は観念的な「思考」を表現した文章がベースとなっている点でかなり独創的である。そして、写真、文章のクオリティの高さはもちろん折り紙付き。

それでも、森山の撮る写真がすごく好きになるということは個人的にはなかったのだけれど、徹底的に物事を考えている人の思考過程を辿るのは心地よい。もっと早く読んでおけば、森山大道をここまで食わず嫌いにならなかったと少し後悔した。